2016年4月29日金曜日

雨の日曜日

お久しぶりです。

よかった なんとか一年経つ前に更新できました。

前回の投稿以来 進展もあったのでそちらもかきたいのですが

今日はまず かそるらさんへの個人的な手紙。


先週の日曜日は肌寒い天気で、庭を歩いていたら季節が逆戻りしたようでした。

そんななか私は 動かずりんごの木の下に立っていました。

このりんごの木は、実を収穫しやすいようにでしょうね。

枝が下の方へと誘引されていて、木の下に入るとき身をかがめないと

枝先が顔にあたってしまうほど枝はゆるやかーに地面に向かって伸びています。

枝先は うさぎがジャンプしたらりんごを齧れるぐらい。

今は葉はなく つぼみがようやくつき始めた時期ですが そんな木の根元に立っていると

まるで木に抱かれているような 包まれているような なんともいえない居心地のよさがあります。


そういう訳で、寒い中 温かい格好をして、ただぼーっと木の下に佇んでしまうんです。

もしお隣さんたちが見たら 不思議に思うかもしれません。


そんな時間をすごしていた日曜日の朝、ふと 

ああ ここにかそるらさんがいたら 楽しいだろうな

と思いました。


きっと いっしょにここで時間をすごしてくれる。 

そんな時 さらにわくわくすることが。

いかにも怪しい雲行きの空から 雨粒が落ちてきた。


わくわく度 全開。

ここに傘を持ってきて そして温かい飲み物も一緒にさらに

楽しい時間になる。

その時 隣にいるかそるらさんとどんな話をするんだろう。


いい話ができるときって シチュエーションも整ってるものです。


現実には自分ひとりだったので 早々に家に引き返しましたが

かそるらさんとの時間に思いをはせるだけで

心が満たされました。


雨の日曜日に まだ見ぬ友を思う

の巻でした。

2015年5月15日金曜日

家を買った話 の続き

家を買ってから、不機嫌でいることが多くなった夫。

体の調子も 弱いところ(心臓)に支障が出て。

そんなに嫌なら、引っ越せるよ 売ればいい というと

こんなに壊れている家じゃあ 買ったのと同じ値段で売れない
必ず損をする

と怒りだす。


仕事も大変らしく やめたいという。

このまま続けたら僕の心臓は壊れてしまう

それなら もっとストレスのない仕事を探せばいい というと

すぐ見つからなかったらどうする

それに同じ給料をもらうのはフランスでは無理

今まではフランスに住んでベルギーで働くと税金で優遇されていたが
今後転職したら、優遇処置は適応されないのを知ってるだろう

(アメリカなら同額もらえる可能性があるというのが彼の持論)

そんな簡単じゃない

と怒りだす。


結局、私の提案は 彼によって全部却下。

取りつく島がないというのはこういうこと。

じゃあ どうするの というと

わからない!! といって 怒りだす。


こういうやりとりが、毎週とは言わないけど、月に1、2度。


うんざり しちゃったんです。

だってこれじゃあ 出口なし、ずっと不満だらけの人の面倒みるの?

(子供と仲良くしているときは すべてを忘れたようなでれでれ顔にはなる。
くるりと私の方に向ける顔つきは すでに違うものである)


時間が解決するかもしれないと 距離を置いていたけど

あるとき 私が趣味のフルートを練習していたとき
(やっても30分、一階で。彼は二階)

うるさいからやめろ といわれ 

私だって あなたの中国語(中国語会話をよく聴いている) 目をつぶっているよと言い合い。

自分が不機嫌なだけでなく こっちの楽しみも妨害されるのかと思ったとき

一緒にいない方がいいじゃん と思った。


それが 「価値観の違いに疲れています」をアップした数週間前のこと。


それ以来 離れたいという漠然とした気持ちが静かに頭の中にあった。


4月の半ば。

義母が家に遊びにくる一週間前。

今度は腰が痛いと訴え、まとまった休みを取った。


その日の朝、夫は生まれたての太陽のような久々にみる

ぴかっぴかな笑顔。

嗚呼、会社に行きたくないって 言ってたけど

ほんとうに ほんとうだったんだね  

と思った私。

誰かが発する言葉は きちんと受け止めねばならない。


その数日後 新たな展開があった。

近所の友達日仏家族が 仕事を変えてアジアの国に引っ越すという。

決して手厚い保証のある未来ではない。

それを話した。


あなたはリスクが待遇が というけど、それを考えなければいつだって何だって
できる

それに 病気で、うれしくない人が一人いると

ほかの家族は 幸せになれない


その言葉は はじめて彼を納得させた。


私は子供のことを考えてもうしばらく動きたくないと思っていたけど

状況によっては動くのも可能だから。あなたが病気になるよりいい というと


それを聞いた夫は 詰まっていたものがのどを通った表情で

それはそれは 久方ぶりに 目を輝かせていた。

























2015年5月12日火曜日

エゴグラム診断結果

さえさんにコメントで教えていただいた

エゴグラムというのをやってみましたら、毒舌診断に苦笑してしまいました。


結果はこのとおり。

  1. 性格
    優しい性格ですが、ケ・セラ・セラ型な ので、神経が末端まで行き届かないような所があり、ルーズさと気儘さが目立つタイプでしょう。思い遣りや同情心は厚いので、自分の遣りたいような遣り方 で、自分の気の向いた時には特に強く、人の面倒を見たり、世話を焼いたりします。今後に残された課題は、責任感や使命感の強化と、周囲の人々に対する気配 りを、より濃やかなものにする事です。
  2. 恋愛・結婚
    異 性から猛烈なアタックを掛けられると、あまり大した相手でなくても、コロッと参って仕舞う可能性の高いタイプです。理由は、人の程度や良し悪しを判定批判 する目が曖昧なのと、こんなに熱心になって呉れているのに、拒否したのでは、相手に気の毒だと云うような気持ちの優しさが、判断力をなお鈍らせてしまうか らです。結婚後は、規律や枠に縛られる事を嫌う野生の血が、必ず騒ぎ出すタイプなので、配偶者選びは、慎重過ぎる程慎重になって丁度良いでしょう。

    異性から猛烈なアタックをかけられると... 猛烈でもなかったけれど、正直言って外国人の愛情表現のわかりやすさとインパクトは、私のエゴをくすぐってくれました。分かってなかった。愛ってものが。でもそういうのを求める時期もあるって ノルウェイの森の 緑も言ってなかったっけ。一セントの夢さんとメールで話したけれど、夫は”自己満足の愛情”タイプです。

    あまりたいした相手でなくても...  そうきましたか。 

    人の程度や善し悪しを判定批判する目が曖昧... これはそう。基準はなくて感覚で判                       断しがち。でも、人の程度って                       言い方は賛成できない。善し悪しで                    はなくて性格の違いというべきでしょ。

    結婚後は...野生の血が、必ず騒ぎだす...  何を根拠に?
                       Q&Aの私の答えが根拠か。
     
  3. 職業適性
    是々 の仕事を、誰々と共同して、何時頃までに仕上げなければならない。と云う様な、枠に填った会社の団体勤めの仕事は、野生的な生き方を求める貴方の性格に は、余り向いていないようです。使命感とか協調性の面で評価点の低い貴方は、何か自分の好きな道の自由業に進む方が、将来、良い結果を生み易いでしょう。
    野性的な生き方をお見せしましょう。
     
  4. 対人関係
    他人に甘いのは、必ずしもマイナス面ばかりではありませんが、自分にまで甘いのは、プラス面がゼロです。注意しましょう。優しい面も、御節介にならない程度に押さえて、その分を対人折衝の心配りに廻せば貴方の世渡りは、もっともっとスムーズに運べる筈です。
よろしければアンケートをお願いいたします 


と こんな感じでした。
もう一回 ほかのサイトで診断しようか
迷ってます。苦笑  (ムダムダ?やっぱり?)
 
私が試したサイトはここ

2015年4月14日火曜日

家を買った話

パソコンの調子が突然おかしくなったので、書けるうちに書きます。

収束に向かうかと思われた、うちの夫婦関係ですが今朝また一波乱来ました。


前回のタイトルが「夫婦関係のリセット或はデトックスは可能か」でしたが

その答えは 可能だと 私は答えたいと思います。

そうでなければ世の中の夫婦、みんな別れてしまいます。

他人といっしょに暮らしていて、不満や我慢が積もって行かない家庭はないのだから。




あれは2013年の5月、長かったフランスのアパート暮らしを終えて家を購入しました。
フランスに来たのが2005年、当初からたまに家を探してはいましたが、いかんせん 二人とも外国人で土地勘はないし、夫は非常に慎重なタイプなので、いやまだだ、いやもうちょっと と決断できずに来ました。しかしさすがに息子が小学校に入る前が区切りが良いということでそのタイミングで決断しました。(これはきっと日本的な考えです。フランス人は入学してすぐ転校したり軽々と動いています。)

もう一つ、決断の要因となった大きな理由がありました。それは、夫のアメリカ行きの仕事の話が駄目になったこと。ある経緯で、あちらの会社に声をかけられて、さんざん迷ったあげく、私が背中を押して話を受けた はいいがその数ヶ月後その話は立ち消えに。

気持ちはすでにアメリカ だったのでその展開には夫婦揃ってがっくりさせられました。
あの空虚感は 何者にも例えがたい。

いつもアメリカで働きたいと言っていた夫。最後には私も賛成して応援した。
でもそれが無くなった。

そのあと向かった心情的ベクトルは、もうやるだけやったし、いい加減 フランスで家買おう。でした。
(二人目の娘は部屋が無くて廊下にベビーベッドを置いていたし)
付け足すと、外国生活をイメージしてみたら外国に行ったら子どもの物理的、精神的サポート全般はかなり重く私の肩に乗ると分かりました。それも外国引っ越しに夢を持てなくなった理由です。
フランスで既に大変なのに。

で、その半年後 家を十軒は回りました。
最後に残った二つの候補で、私は今の家がよく 夫は買わなかった家がよかったのです。

私はここがいいと思っていたし、夫は 家で時間を長く過ごすのは私だからとこの家の決めてくれました。

私がこの家がいいと強く押した理由は、自分が気に入ったことと もうひとつは、もう一方の候補の家より値段が低い事でした。夫の事はよく知っています。お金を使うのが大嫌い。だからこちらの方が得策。あとあとローンで毎月払う金額が低い方が絶対に良い。

だから私の気持ちは揺らぎませんでした。


そして買った結果は?

引っ越した直後
なんかあまり嬉しくない。たぶん貯金が全部無くなったせいだと思う。by 夫
まず暖房の不具合が見つかり、他に家の中で修理が必要な部分が見つかるたびにお怒り、後悔。
買って数ヶ月後、心臓の不調を訴え検査入院。
この家のせいだ、この家を選んだお前のせいだ、(二人で選んだといくら言っても否定)
そのせいで心臓が...

元々、不整脈があったんです。それがひどくなったという。


家を買うって ゴールのような象徴的な意味がある。それは幻なのかもしれないけど
私の中にはこれでハッピーになれる、平和で上手く行くという期待がありました。

家は良い、場所も良い、学校も良い

でも家族で不機嫌な人が一人。波があるけど、定期的に愚痴っている。

この家で嬉しくない 
この値段でこんなに壊れている(築20年の家で許容範囲だとおもう)
売るとき同じ値段では売れない
お前のせいだ
アメリカに行きたい
この人生は地獄だ、奴隷だ

ここまでくると笑いそうになるんだけど、本人は大真面目。笑おうものなら怒られる。

私は庭もあって自然に触れる生活が性に合って、幸せだったので 特に誰にも相談せずに夫の愚痴をなんとか凌いでいたんですけど。


やっぱり ずっとごまかしきれません。


続きます。

2015年4月8日水曜日

夫婦関係のリセット或はデトックスは可能か

私たち 来てますね。

そうか かそるらさんも去年、娘さんの問題だけじゃなくて
スペイン文化(娘さんの中に育った)についても言っていた。

記事のタイトルは ”夫婦関係のリセット或はデトックスは可能か”

だけど 同時に ”異文化との関係のリセット或はデトックスは可能か”

も絡んで来る問題です。


かそるらさんは 前回の記事のコメントで

「大変なときだからこそ アグレッシブな言い方をせずに どんと構えていて欲しい」

とお話ししてくれたけど

それは ちょっと異文化も入るのかな。

日本の父親なら 黙って静観すべしという 既成概念があると思うから。


同じ類いで言うなら 

うちは 食事の前に 手が離せなかったので、夫に「箸だして」と頼んだら

自分のだけ持って来た。

私の分も子ども達の分も出てないのに、(ちょっと見りゃ分かるでしょ)

まっすぐ自分の箸だけ出して来て、椅子に座って おもむろに食べ始めた。


まだ みんなテーブルについてないというのに。

お皿もまだ全部出ていなくても。


話がしょぼくなりましたが、最初は 愕然としました。

私たちがどれだけ回りに気を配っているのか、そして 全く気を配るという事さえ
知らない人もいるということを目の当たりにして。



話が飛躍してしまうけど シャーリー・エブドの事件に
私が強く反応してしまった、理由はこれなんです。

他人の気持ちをまるで存在しないかのように無視して
自分たちの権利を声高に叫ぶ、正当化する。

あの事件で 自分の夫への、 西洋的マインドへの私の違和感が爆発しました。

ああ、私はこれを知っている。自分の日常的生活レベルで。
とつぶやいた。


箸の件は、今ではみんなの分も出すようになりました。
でも、一人だけ先に食べ始めるし、いくら呼んでも来なくてそれでも呼ぶと
「今やってることがあるんだ」と逆切れされます。これで何度けんかしたか。

これってチームではないよね。あくまで自分のペースを守る人種。

なので、今では一度 ごはんができたよ と呼んだら、もうそれ以上は呼ばない。

たぶんこの事を追求すると 彼は

何で 自分の食事が冷めるだけなのに行かなきゃいけないんだ
何で 自分のやっている事を途中でやめて、つまり犠牲にして行かなきゃいけないんだ

と弁護すると思う。思う だけだけど。


私の
みんなで 特に食べるという行為を 共にするということは、家族としてとても大事だと思う という意見は、彼の西洋的合理主義意見に比べて 弱い。
それは、体で覚えたとでもいうべき私たち東洋人の血と肉になっているものだと思う。

たぶんそれは主張するものではなくて、智慧として共有しているべきもの。

共有しているべき物を 共有していない人に諭す虚しさよ...

実際は、まだそれを諭した事はありません。どんな答えが来るか知るのが恐くて
そんな気になれない。


一人だけ先に食べ始めるというのは、マナーとしてはあまり良くないというのは分かってるみたいなんだけど、家庭でそういう躾がなかったんだと思う。さすがに及ばれしたりクリスマスのご馳走をみんなで食べるという時は待っている。


こういうのって細かい事だけど、続くと、もやもやした澱みたいなものが心に溜まって来ます。目立たないけど そういうのって 根が深い。


エンリケさんが言っていた、ホモはチームじゃないからすぐ別れる

というのは面白いね。

フランス人もチーム感覚がないからすぐ別れるのか。

チームって、相手を考える事だよね。ワンマンプレーにならずにね。


私、部活も体育会系が苦手で毛嫌いしていたけど
自分も しっかりチーム感覚 染み付いてました。

こうしてみると。


家を買った話、できなかった。次回に回します。









2015年3月31日火曜日

価値観の違いに疲れています

タイトルを 
”価値観の疲れに違えています”って書きそうになるくらい
疲れてる...

相談事を募っていたこのページだけど、この私が第一回目の相談を投げかける事になるとは、皮肉な...笑

相談と、それから自分への癒しの為に心情を書かせてください。



かそるらさんは知ってるけど、この冬、私少し体調を崩したでしょう。

胃腸の不調から掌に皮膚炎が出た。

それ以来、食生活を粗食、和食風に見直してるんだけど、それがきっかけになって

自分の中の何かが、アジア回帰モードになってしまったみたいなんです。

食べ物だけでなく、趣向も。

音楽はクラシックをよく聴いていたのが、琵琶や太鼓になり、インドのマントラになって、今はアイルランドのラジオでケルト民族の雰囲気のある曲を聴いている。

お風呂も我慢しないで前より入るようになった。


食事、音楽、生活スタイル、こうして自分の心地いい物を再発見して

思ったんです。今まで 無理していたんだと。

ごはんは夫が食べやすいものしか作らなかったし(子どもと私だけの時は別)

お風呂も我慢したし、欲しい和の食材だって高いと夫がいい顔しないからあきらめたり。

食べ物、生活、趣味 と来て

そして、今 矢印の向く先は 夫。


日本人と国際結婚する西洋人って二種類いると思います。

アジア好きでご自分も東洋文化や思想が性に合うと思っている方。

二つ目は、特にアジアに傾倒していない普通の西洋マインドの西洋人。


私の夫は二つ目なので、価値観は相当違います。

それも かなり筋金入りの合理主義者でエゴイスト。

価値観が違う そんなのは分かっていた。

むしろそれがいいと思って結婚したんです。

これだと思って選んだ相手。


でもそれが 最近 疲れてしまいました。

結婚11年目、在仏10年目 はそういう時期 なのかもしれません。


昨晩は ものすごい暴風で 目が覚めるほどでした。

もう明け方になっていたと思うけど 私と夫もベッドの中で目を覚ましていました。

「庭のテーブルセットの椅子に載せてあるクッション 外?」

と聞かれて 

「あ、うん。入れてない。」

と答えると

「絶対に もう飛ばされて 無い。」

すごく忌々しそうに。怒りのエネルギーで。


私はそれを聞くとき きゅーっと胸が痛くなるんです。

どうして そこまで否定的な物言いをするんだろう。

まだ分からないのに?

何か心配事があるとき、徹底的に否定的になる彼にいつもうんざりしつつ心を痛めて来ました。

他の例では、

この間息子の眼鏡を修理したとき、おそらく5ユーロだと言われて

「ぜったいにもっと取られる。なんでレンズを買えるだけじゃなくて新しい眼鏡を作らなかったんだ。その方が保険で元が取れる。」とご立腹。

私は、まだ使えそうな眼鏡をフレームごと買えるのはもったいないし

いくらかかるかも見通せなかったのでレンズだけ変えました。その後すぐにフレームが壊れた件。 コケー。(ヤッタ–マン風)


その時も なぜそんなことでそこまで怒るのか理解できず、

「イーニゴ、よくイーニゴは好きな事言いたい放題言って、後で自分が間違ってても ふーん で済ませるよね。もし、修理代5ユーロで済んだら 謝って。間違ってましたって。」

結果は 修理代は0ユーロでした。これなら無料でいいと言われ。

イーニゴに散々怒られ損をしている私は いやらしいけどきちっとしときたくて

「ただだったよ。謝って。」

と詰め寄りました。

そっぽを向きながら ごめん と言ってました。


その否定的な だめだ 無理だ そんな上手くは行かないという気持ちと

それに伴う怒りに ほとほと疲れました。

外国で暮らしていたら、見通せない事や心配になる事は多いんです。

その度にぶちまけるその負のエネルギー。

それにもろに当たるのってダメージが大きいんです。


ちなみに、今朝のクッションも 風に飛ばされず無事だったんです。


私は楽観的です。それで その彼の悲観的な所を補えると思っていました。

でも 今は足を引っ張られそう。


このタイミングにと思い、クッションが飛ばされていなかった事を伝えるついでに

その言葉で 態度で 私は傷ついている。疲れているということを話しました。

口で言うとその通りになるから言わない方がいいとも。

彼はだまってた。


今は 前の様にそれでも 仲を取り繕おう という気持ちになれない

けんかしたら私はその空気が嫌でできるだけ早く元通りに戻したかった。

でも今は 動く気になれない。

それが 今までと違ってる。


1年半前に家を買って、この家が彼は気に入らない。

それで不満が多い。

その話は次回にします。



















2015年2月5日木曜日

国際結婚と国際離婚

うちの夫はバツイチです。
で 一回目の結婚も日本女性。
二回目も性懲りもなく 日本女性。 私です。

でも 正式に結婚するまで かなりたいへんでした。

というのは kyoutachanの liberté リベルテ/ 自由 〈7〉了 を読んだ方は
このテリーは なんでさっさと離婚して ミチルとさっさと結婚しないんだ
と 思ったかもしれない。
でも ヨーロッパって どの国も 離婚がけっこうややこしい。
離婚の管轄が 裁判所なんで プロセスを踏まなくてはならない。

で うちの夫の場合ですが 1995年に日本で離婚しました。
元・奥さんが 離婚用紙に はんこを押して 提出して 持ってきてくれた。
それが 1995年3月。
これは 市役所・区役所で簡単にできる。
ちなみに夫もはんこを持ってます。
日本で生活するためにはハンコは必須。
カタカナのハンコ。

だから 離婚していたもんだと本人も思っていた。
で 私と結婚するにあたって 『独身証明書』を提出しなくてはならない。
離婚したという証明だけではだめなんです。
それは離婚したあとにスペインもしくは ハイチとかまたはニューギニアとか
どこかで結婚してるかもしれない。
それで 大使館に連絡して 独身証明書の発行を頼んだ。
でも スペインでは 彼はまだ 結婚していた。
それで 日本で離婚したという書類を送ったけど 却下。
結婚は 裁判所の仕事なので 裁判所の書類でないと受け付けられない。
協議離婚ではなかったので 裁判所の書類はなし。
たまたま 運がいいことに親友が 弁護士だったので 
本人たちのいない 裁判が スペインで始まった。

でも ずっと 平行線。
元奥さんは アメリカに行ってしまっていないし
どうなる。
彼女の戸籍かなんかがあればどうだろうかと 思って
区役所に電話。
これまた 運がいいことに (ほんとに運がいいことに)
区役所の人が 私を彼女だと思って こう言ったのです。
『ああ 先日 アメリカで結婚された方ね』
彼女 その電話のほぼ一種間前に結婚していたんです。
一方がすでに結婚していたら 当然 離婚成立させるしかないじゃないですか?

それでも それから 半年かかりました。
でも もしその時 彼女が結婚したのがわからなかったら
もっともっと 複雑になっていたと思います。

正式に離婚したのは 1997年12月。
2年と9ヶ月。

今はいろんな国の人同士で結婚してるから こういうことも統一していたほうがいいですね。